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NAOストーリー

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手作りパン
NAOストーリー人生を変えた
「キタノカオリ」との出会い

わたしがパンづくりに目覚めたのは、今から20年ほど前になります。ニュージーランドで1年間暮らし、日本に帰国して間もなくのことです。慣れ親しんだ土地で久々に食事をして気づいたことは、日本のパンがとってもおいしいこと! この味をニュージーランドに届けたくなり、パン職人になることを決意します。

それまで銀行勤めの経験しかない私は、製パンについてはまったくの素人。生地など捏ねたこともなく、ましてやベーカリーで働いたこともありません。自分の思いを伝えたところ、主人は当然ながら猛反対! 話し合いの末、ひとまず製パン学校に通い、その先は落ち着いたところで改めて考えることになりました。

学校では手づくりパン講師のライセンスを取得し、修了する頃にはパン教室を開きたいと思うようになりました。教室を始めるにあたり、せっかくなら使う材料にもこだわりたいと製粉会社のサイトを覗いていたとき、新しい品種の小麦粉を目にします。それが、北海道の岩見沢でつくられたキタノカオリです。試しに取り寄せてパンを焼いてみたところ、これが感動のおいしさ??豊かな風味と適度な弾力のある食感に、一瞬でキタノカオリの虜になってしまったのです。

しかし当時は少量での流通はほとんどなく、一度に何十キロと仕入れなければなりませんでした。キタノカオリ以外の小麦でパンをつくるなどあり得なくなっていた私は、今度こそ店を開こうと決心します。

しかしそれは、試練の始まりでもありました。パンの製造は、家庭と工房ではまったく勝手の違うもの。生地を捏ねるにしても発酵するにしても、専用の設備を必要とします。家でつくるパンの延長で考えていた私は、早々に壁にぶつかることに。それに開業資金も貯めなければなりません。近隣のベーカリーを3軒掛け持ちで働き、機械の使い方や現場のオペレーションなど、ひと通り実践で学んでいきました。

銀行で働いていた時の貯金と合わせ、ようやく資金がまとまったところでいよいよ開業に。主人が加須で会社を営んでいたご縁もあり、花崎駅のすぐ近くにお店を構えることが決まりました。機材や設備も整い準備は万端。しかし現実はそう甘くはありませんでした。

ベーカリーのバックヤードは、戦場のような忙しさです。生地を捏ね発酵させ、成形して焼くまでに一定の時間がかかります。複数の種類を店頭に並べるには、文字通り分刻みのスケジュールで回していかなければなりません。しかもパンは生きものですから、何かトラブルが起こった途端、玉突き事故のようにすべてが台無しになってしまいます。開店してしばらくはまったくリズムがつかめず、夕方になってやっとパンが出揃うような日もありました。お客様から「パン屋さんなのに、まったくパンを置いていないのね!」と言われたことも、一度や二度ではありません。

そして最も深刻だったのは、思うようなパンが焼けないことでした。売り物である以上、常においしいパンを並べるのは当たり前。お客様はプロの味を求めているのですから、日によってまったく質が違うなどあり得ないことです。やがて“主婦上がりの女性が趣味でやっている”とレッテルを貼られ、ほとんどお客様が定着しないまま、気づけば数年が経っていました。

とはいえその間、何もしないで過ごしていたわけではありません。「初めてキタノカオリでパンを焼いたときの、あの美味しさをどうにかして伝えたい…!」その思いを胸に、毎日分量や発酵の条件を変えてみては、何度も何度も試作を繰り返していました。

最大の課題は、生地の発酵具合でした。思うように膨らまず、キタノカオリの特徴であるもっちりだけどふんわりとした質感がうまく表現できません。また当時はキタノカオリが今ほど流通していなかったので、製パンにまつわる情報も十分ではありませんでした。私はときどき製粉会社に連絡し、相談に乗ってもらっていました。

いつまでも課題が改善しない状況に、製粉会社も同情したのでしょう。あるとき製粉会社から派遣された製パンアドバイザーが、私の店にやって来ました。私は実際の生地のようすを見てもらいました。厨房の環境やつくり方なども説明したところ、アドバイザーから新たな製法の提案を受けます。それが、「低温熟成発酵」でした。

材料の一部を前日の晩のうちに仕込み、冷蔵庫でゆっくりと発酵させるやり方など、自分だけでは思いつきもしませんでした。しかし言われたままに試してみると、しっかりと生地が膨らむではありませんか……! でき上がったパンは小麦の香ばしい香りが立ち、じんわりと甘味が広がります。やわらかさと弾力が絶妙なバランスで、数年前の感動が再びよみがえりました。

それは長い長いトンネルを、やっとのことで抜け出した瞬間でした。

低温熟成発酵に開路を見いだしてから十数年。手づくりパンNAOは、今では花崎のまちに認められる存在となりました。ある時は小学生がおこづかいを握りしめてやって来て、またある時は常連さんがパンをお求めになるだけでなく、身に起こったできごとを私たちに教えてくれます。店先のウッドデッキでは、お散歩の休憩でゆっくりされるお客様や、おしゃべりに花を咲かせるお客様も。「NAOのパンはおいしくて、安心して食べられる」と、お子さんからお年寄りまで、毎日たくさんのお客様がお見えになります。

またNAOのパンは、いつも素晴らしい食材を用意してくださる、農家など生産者のみなさんによって支えられています。お客様にとにかくいいものをお届けしたい一心で北へ南へ奔走し、畑や工房などを訪れては逸品を発掘し続けてきました。丹精込めてつくられた食材は、どれも趣があります。生産者のみなさんの想いを汲み、素材の特性を生かす商品開発が、私たちの基本姿勢です。そしてお客様からいただいた声を生産者の方々へお届けし、交流し続けることで、つくり手同士が研鑽し合える関係を築き上げてきました。

NAOではさらなるパンのおいしさを追求すべく、新たな取り組みに着手し始めています。山形県遊佐町の鳥海山の麓近くに、新たに工房をつくるプロジェクトです。新工房では石窯を導入し、ドイツパンの製造も視野に入れた設計に。パンづくりの過程を楽しめるガラス張りの内装で、廊下には生産者の方々の写真パネルを並べる予定です。空気も水もおいしい自然豊かな場所ですから、パンづくりには絶好の環境といえます。完成はまだまだ先の話ですが、少しずつ進めていきたいと考えています。

おいしいパンには生産者の想いを生活者に届け、口にする人をしあわせにする力があります。そしてしあわせは循環し、生産者のやりがいや活力につながります。つくる人と食べる人がしあわせであれば、地域全体がやさしさや思いやりにあふれます。
パンの持つ力の偉大さと尊さに気づいたのは、比較的最近のこと。ただただ自分の思いだけでパンづくりを始めた頃には、想像さえしなかったことです。今はたくさんの人との関わりがNAOや私の成長のエンジンであり、しあわせにつながっています。

心からおいしいと思うパンを、これからもみなさまに。
NAOからの、しあわせのおすそわけです。

NAOストーリー

お店をこの地に開店したきっかけや
「キタノカオリ」の生産者との関わりなど
Boulangerie NAOのプロジェクトや
取り組みについて紹介しています。